がらくた銀河

磯崎愛のブログです。本館は小説サイト「唐草銀河」。

2010年の10冊、ていうか、わたしはほんとにこういう夢を見ちゃうんです><

先日小説を書いてるお友達に下の小説をよんでもらって頂戴した感想が、

「磯崎さん、ほんとにああいう夢を見たんですか? それから、ほんとに『想像力』と『本を読み書きすること』で小説かいてるんですね!」

というものだったので、

そしてもちろん、こたえは「YES!」ですので(いやー、そういうところでウソつけるといいんじゃないかと思うんだけどさ、ほんとにイエスなんだよね~)、

恥ずかしくてしまっておいた稚拙な文章をまた出そうかな、とw

(絶賛棚卸期間ちう、というのはつまり、陰干しとかしてやらんとならん、てことではないかとおもってさ)

あ、

その小説はこちらです。

 

Q.V.Q.-キャトルヴァンキャトル- 小説家になろう掲載

 

Q.V.Q.-キャトルヴァンキャトル-』 | CRUNCH MAGAZINE クランチマガジン - 書き手と読み手をつなぐSNS

 

「2010年の10冊」というタイトルで記事にしようとおもってた文章です。

へたっぴだけど、手直ししないでのせときますね、はははははw

 

『2010年の10冊』

 

悩んでいる。わたしは本当に悩んでいる。

今年の「10冊」って絶対足らないっていうか、少なすぎるよね? だって年間、何冊よんでると思う?

選べないよっ!

焦るわたしの目の前で、おそろしく珍妙な「会合」が始まっている。

わたしはそこにいる〈彼ら〉に目を合わせることができない。

彼らとは、彼ら、だ。

だから壁を見る。

瞳に映じるのは、金の荘重な額縁にプッサンの絵。何故か《四季》。贋物に見えないし!

ここは、たぶんきっと、どこかの城館の一室。

わたしはその部屋には不似合いな、たくさん本が入った幾つものダンボール箱のうえに屈みこみ、そこからお目当ての本を取り出しては、マホガニーのテーブルにそれらを一冊、一冊つみあげている。否、積み上げようとして、出来ずにいる。

ジュネは、困りきったわたしに「おまえさんの好きにすればいいさ」と莞爾として口にした。さすがというか、なんというか。わたしの生涯最高の書、人類の未来の書と讃えた『恋する虜―パレスチナへの旅』を執筆した彼は余裕だ。そして、『シャティーラの四時間』。今年これをあげないわけにはいかないし、ジュネはきちんとした全集が出るべきだと心底おもう。

いっぽう、レムはそ知らぬ顔で窓の外を眺めている。彼の視線の先にあるのは金星か。わたしには、まだ彼が本当にどういうひとなのかわからない。ひたすら緊張を強いられる。指の先が冷たい。困った。

そして、パヴィチは途轍もなく美しいボルゾイを両脇に従えてほくそえみ、その横でキシュは絶え間なく煙草をふかしながら分厚い辞典を捲っている。両者とも話しかける隙がない。

とりあえず、彼らの本を外すわけにはいかないのだ。しかし、しかしだっ!! もうそれで、それだけで、だって、6冊なのだ。それでいいのか??

「で、おまえさん、他に誰を呼ぶつもりだい?」

ジュネが問う。わたしが返答につまる顔を見もせずに、彼も煙草に火をつけた。

ああ、ここは禁煙なんです、とは言い出せない。

ていうか、そもそもここはどこだ?

その大いなる疑問は、開いた扉によってプツンと羽虫のように叩き潰された。

「失敬」と言って入ってきたのは長身痩躯、貴族的な美貌(ていうか貴族だし!)のヴィトルト・ゴンブローヴィッチそのひとであった。とたん、ジュネの目に輝きが宿る*1。同胞のレムが室内に顔を戻し、二頭のボルゾイは主人にならい細長い鼻面を扉にむけ、キシュは手をとめた。

うわっ、キンチョーするうううううっ!!! 

 

わたしはそこで、夢から覚める。

それにしても、ずいぶんとおっかないひとたちに取り囲まれた夢だった。ひとくせどころか、三癖も四癖もありそうな。

いやまあ、いま思い返せば贅沢で至福のときではあったのでしょうが。わたしはそう認識する前に目がさめた。夢なんて、こんなもの。

さ、そんな戯言を紡いでないで、ゆるゆるといきましょか。

 

虚数 (文学の冒険シリーズ)

虚数 (文学の冒険シリーズ)

 

マジで途中で息切れして大変でしたっ! 重い、重すぎるっ!! なんでこう、一文一文が重いんでしょ?(いやまあ、なんでって問いかけはウブ なふりしすぎでしょうが) とにかくキツイ。ものすごく刺激的で笑えて可笑しくて厭な気分になったり寒気がしたり、とにかくほんとにとんでもなく面白いけ ど、逃げたくなるほどアタマ使う。「間テクスト性」なんてしゃらくさいもんじゃないっていうのでしょうか。延々と「棍棒で殴打」レベルで「人類の歴史」つ まりは「物語」を叩き込まれてる感じ。多分わたし、最後は脳がフラフラでほんとの意味で導かれるべきそこへ辿りつけてません。てなわけで、読み直し! 何 度でも、なんどでも、読み直すよ!!

 

砂時計 (東欧の想像力 1)

砂時計 (東欧の想像力 1)

 

おそらくは、難解と言われてしまうであろう作品。ただ、ひとにはこのようにしか書き得ない事柄があり、それはどうやってもそうであらねばならず、そうした「語りの必然」に従ってあるべきように書かれた素晴らしい作品。

もし頁をめくって読み進むのを躊躇ったり怖くなったら、ただ信じればいい。キシュを、その語りを。

たとえば。

あなたの人生を、ある重要な出来事を、他人に単純な言葉でひとくくりにされて語られたときに不愉快を感じたり不満に思ったたりしたことがない だろうか? 違う、そうじゃないと、本当はそんな言葉で言えるものじゃないって声をあげたくなった体験はないだろうか。わたしは、ある。だからこそ、キシュを信じる。信じて、よんだ。

 その結果、20世紀文学においてとても重要な作品と出逢えたと個人的には思う。あなたがどう読むか、それを教えて欲しい。

 

実は、これらの作品はキシュの家族三部作にあたる。これと、『若き日の哀しみ (海外文学セレクション)』、『砂時計』をそう呼ぶ。書いた順もこのとおりなのでこう読むほうがある種の正統的な読みといえそうな反面、キシュをいきなり信じろって言われてもって戸惑うかたは、『若き日の哀しみ』か『死者の百科事典 (海外文学セレクション)』を先によんでからでもいいかもしれない。

キシュ、おすすめ。愛と死について語られる物語が好きなかたには超絶オススメ。

 

 

 

去年(2009年です)、惜しくもお亡くなりになってしまったパヴィチ! 

バロックが専門でさらにはロンサールやヴィヨンの翻訳をしてたっていうのはなんか納得。

翻訳も素晴らしい。時代がかった言い回しに引き摺られるようにして「小説世界」へ導かれる。 

さらには、この今、わたしが生きている「現実世界」との抗いようのないほどの地続き感。小説、そう、小説は虚構。でも、それは現実の「鏡」以 上に恐ろしいもので、覗き込み奥へ進むとそこはもう、現実よりもゲンジツ。パヴィチの小説を読むと、そのことの空恐ろしさを肌で感じる。うかうかしてる間 に忍び寄られ、這いよられ、すっと耳の奥に「魔法の毒」を流し込まれて違う声を聴かされてしまうような気がする。怖いけど、愉しい。こんな作家はそうはい ない。全作品翻訳希望! と、声高らかに叫んでおく。

いちお、公式サイトも。英語の堪能な方、小説公開されてるらしいので是非!

Милорад Павић :: khazars.com - Милорад Павић

 

不在の騎士 (河出文庫)

不在の騎士 (河出文庫)

勢いこんで書き始めてみるのですが、もう一時間もペンはただ埃っぽいインキを引っ掻いているばかりで、ただの一滴も生命は流れていません。生 命はすべて外、この窓の外、お前の外にあるのです。もう自分が書いているページのなかに逃げこみ、別の世界をひらき、跳び出してゆくことなぞけっしてでき そうにないと思えるのです。きっと、このほうがいいのです。お前が有頂天になって書いたときは、恐らく、奇蹟でも恩寵でもなかったのです、あれは罪、偶像 崇拝、傲慢だっ たのです、きっと。じゃあ、今は免れているってわけ? 違う、書くことによって私はいいほうに変わったわけじゃない。私はただ不安で無自覚な青春をちょっ とばかり消耗させただけ。こんな不満足なページが私にとって何になるだろう? 本も、誓願も、お前以上の価値はないのだ。書くことによって魂が救われるな んて、聴いたこともない。書くがいい、書くがいい、どうせお前の魂はもう失われているのだから。

 

カルヴィーノ様。わたしの、カルヴィーノ様。

とうとうわたしはカルヴィーノ作品を読んでさえ「悔しいっ!」と感じるようになってしまった。つまりはもう、後がナイ。かつて、「わたしには まだ、読んでないカルヴィーノ作品がある」そう思うことで、何か禍々しいものが口を開けているような、昏く冷たい夜を耐え忍んだことがある。そのくらい特 別な作家。

だんだん残り少なくなってきて、それはそれでさびしいけど、でも、その小説、おはなしは、わたしの命の滋養になった。間違いなく――たしかに自身でそう思ってはきたけれど。 

肥やすだけの中身(魂)があるか? そう、問われた気がした。

「鎧」はもう、いらない。そう言えるようになりたい。なる。

 

 

今年イチバンわたしを歓楽の極みに追い込み、酩酊させてくれた小説。愉悦悦楽愉楽快楽。ケラクと読んでほしいほどキモチヨカッタ。

これなら誰からも文句が出ないだろうと、この本(または次の『失われた時を求めて 3 第二篇 花咲く乙女たちのかげに 1 (集英社文庫ヘリテージシリーズ)』を2010年のベストに持ってこようと思ってた。文句は誰がいうんですか? ってきかれると、えっと、「わたしの夢のなか&脳内『作家』」たち?

それが冒頭の夢になってあらわれてしまうわけ。なのです。

ジュネも、これなら満足してくれるに違いない。って感じなのですね、わたし的には。

 

シャティーラの四時間

シャティーラの四時間

 

今年でた本ですし。挙げないわけにはいかないでしょう。

あの奇跡の書へとつながる大事な本。とても。とても、大切な本。

http://h.hatena.ne.jp/florentine/9234099769430661619

 

で、ここまでで2010年の文章は終わってて、メモ書きを見ると、わたしはここにたしか、

 

黒檀 (池澤夏樹=個人編集 世界文学全集 第3集)

黒檀 (池澤夏樹=個人編集 世界文学全集 第3集)

 

 を入れようとおもってたのね。

で、これジャンル違いな番外的扱いでベストにすれば、小説じゃないしってことで〈彼ら〉から文句でないかなあ、みたいなw

あ、

ゴンブローヴィッチ抜けてたね、あげます。

 

トランス=アトランティック (文学の冒険シリーズ)

トランス=アトランティック (文学の冒険シリーズ)

 

 

バカカイ―ゴンブローヴィチ短篇集

バカカイ―ゴンブローヴィチ短篇集

 

 

フェルディドゥルケ (平凡社ライブラリー)

フェルディドゥルケ (平凡社ライブラリー)

 

 確かこの順でよんで、ちょー吃驚したんだよね!(一冊なら、フェルディドゥルケかな、きっと)

三島にノーベル賞の前哨戦といわれる賞で勝ったひと。

あ、ゴンブローヴィッチの小説も凄いんだけど、翻訳がね、東欧文学の翻訳者さんたちってなんていうか、わたしの印象論でちゃんと説明とかできないんだけど、もんのすごく素晴らしいよね!!!

いやもー大好きです☆

あとたしかね、夢には出てきてくださらなかったですが、

水死 (100周年書き下ろし)

水死 (100周年書き下ろし)

 

 ですね!

さりげなく、手際を見せびらかすことのない超絶技巧!!! でした……。

わたし、わけもなく、ていうか、超絶技巧大好きなんだよね! もうさ、リストとかパガニーニとかがるねりでるじぇすとかいうのが好きなんで、チュウニとよんでいいよw(男友達にゲラゲラ笑われたことあるよ><) 

んと、なのでペレックとか、いわゆるウリポの実験小説とか読むのは好きなんだけど、だからといって、じぶんがそこを目指したいのか本当に!?て胸に問いかけるとチガウかなあって。できるとかできないとか、そういうはなしじゃなくて。

大江さん、やっぱりわたし、凄く面白いです。

二十歳くらいのときに、

死者の奢り・飼育 (新潮文庫)

死者の奢り・飼育 (新潮文庫)

 

をよんで、それから10年以上たっていきなり

万延元年のフットボール (講談社文芸文庫)

万延元年のフットボール (講談社文芸文庫)

 

 を手に取って、巻を措く能わず、ていう状態で読んだなあああ。ていうことを思い出しながら、新刊まだよんでないんでメモっとく。

 

晩年様式集 イン・レイト・スタイル

晩年様式集 イン・レイト・スタイル

 

 で、

そうでした、えっと、

2010年のベストはね、これ、なのだ!

 

アマリアの別荘

アマリアの別荘

 
 

 

ああ、どうしよう……
今年の10冊のトップは、プルーストでもカプシチンスキでもキシュでもパヴィチでもオオエでもなくジュネでもなくカルヴィーノでもゴンブローヴィチでもなく、キニャールに、大好きだけど愛してるとは絶対に言えなかったあのキニャールに持ってかれそう……
これだから、生きてる作家は怖いよ。
しかも、2010年の刊行だ。
『アマリアの別荘』。
翻訳者高橋氏も言うように、きっと、おそらくは「最高傑作」。そして、この最後の「文人」がものした最高作なら、現代フランス文学においても最高の作品のひとつ、と言って過言ではないと思う。
そしたまた、「現代小説」というものはやはり、なるほど「古典」となる前にこうしてその時代を生きている人間に何よりも切実に必要にされるのだと痛感する。
キニャール、サンスの貴方に乾杯。できれば最高のブルゴーニュを。わたしは味わったことがないけれど。
または、日を燦燦と浴びたレモン酒を。

 

ああ、どうしよう…… 今年の10冊のトップは、プルーストでもカプシチンス... - florentine(磯崎愛) - florentine(磯崎愛) - はてなハイク

 あ、もいっこメモっとくね。

メモ

ヨーロッパ基礎情報|シェンゲン協定(Schengen Treaty)

あとで。

『アマリアの別荘』とこの方面、読み比べる。

 

てかんじですが、 みんな、知ってると思うけど、2013年だからね今年は!(わたしはまったく、いつも遅い!)

*1西成彦『エクストラテリトリアル』(作品社)から「『日記』によればパリでジュネに追いまわされた経験があるとのこと」。ちなみにこの夢は、この本を読む前に見ていた。わたしの想像力、恐るべし!