がらくた銀河

磯崎愛のブログです。本館は小説サイト「唐草銀河」。

「ナポリ・宮廷と美―カポディモンテ美術館展 ルネサンスからバロックまで」にいってきました!

ナポリ・宮廷と美―カポディモンテ美術館展 ルネサンスからバロックまで

「ナポリを見て死ね」と、文豪ゲーテさんはおっしゃいました。*1
わたくし、ナポリという街を高速道路からチラ見したことはありますが、そんなでは、かの偉人の御心にかなう「見方」であったとはとうてい言えません。お叱りを受けるでありましょうから、とりあえず一冊だけはっておきましょう(笑)。でも、バゲリアにある珍妙な「パラゴニア荘」へは馳せ参じましたから、お許しをいただきたく存じます。


イタリア紀行 上 (岩波文庫 赤 405-9)

イタリア紀行 上 (岩波文庫 赤 405-9)


 

さて。
この展覧会のわたしの主目的は、ルネサンス絵画と素描を別にすると*2、グイド・レーニ《アタランテとヒッポメネス》でした。
なにしろ、自作小説で語ってるくらいです!*3

アタランテはギリシャ神話に出てくる王女だ。女に生まれたせいで父王に捨てられ熊に育てられた。女性でただひとりアルゴー船に乗り込んだ狩の得意な英雄でもある。
 彼女をかいた絵画ではグィド・レーニの、いかにも計算されつくしたダイナミックな構図の《アタランテとヒッポメネース》が著名だろうか。布一枚をたなびかせて駆け抜ける裸の美男と、彼が転がした黄金の林檎を拾う裸の美女。画面に疾走感はないものの、それがかえって美しい。
 
遍愛日記』より


上記公式サイトの作品紹介頁より
http://www.tbs.co.jp/capo2010/works/01.html
 

結果、驚いたことがひとつ。
ヒッポメネスの右足に、「空気遠近法」の肌色が明らかに、濃い。青味は限りなくおさえられ、これでもかってくらいはっきりと、暖色が迫り出してました。なのに、自然。咄嗟には、たしかにほんの一瞬は気になったけど、見てるとだんだん忘れてしまう。おっきい絵、マジック! せせこましさと無縁のバロックのおっきさは、たまに見ると胸がすくようです。いつもだと、チョットつらい。
アタランテの肌の、皮下脂肪を存分に感じさせる死人じみた青白さも色彩遠近法を加速させ、ふたりのまとう衣の赤と青の配色によって釣り合いをとってるのですね。
パ・ド・ドゥ、舞踏を思わせる足運びの美しさとかよりも、感じ入ってしまいました。
それと、画家は美女アタランテよりヒッポメネスの肉体に「愛」があるよね、とか。絵の中の観客(でいいのかな?)の線描の端正さは素晴らしいな、とか。
 
そうそう、バロック絵画を見るときのわたしの楽しみは、いったい幾つバッテンが描けて、または斜線が何本引けるかな、ってことだったりするのです。今回の展覧会はバロックが多かったので、ひとりでニマニマと×かいて線ひっかいて遊んできました(笑)。
そんなわけで、新訳、出てるんですよね。こちらをどうぞ!(これぞまさに「古典よむ部」タグでお出迎えすべき本だわv)

美術史の基礎概念
近世美術における様式発展の問題
ハインリヒ・ヴェルフリン 著
海津 忠雄 訳

西欧の盛期ルネサンスとバロックの美術を対象に、様式の発展に注目し、形式分析=フォーマリズムの方法論を打ち立てた名著。美術史の深層をなす視覚の発展史であり、古典となった名著の完全新訳。

http://www.keio-up.co.jp/np/isbn/4766408160/

それから、ちょっと見るのが怖かったのがアルテミジア・ジェンティレスキの《ユディトとホロフェルネス》。

展覧会公式サイトの作品紹介頁より
http://www.tbs.co.jp/capo2010/works/03.html
 
史上名高い「女性」画家。わざとカッコで括りましたが。「含み」を読み取っていただければ幸いです。
このひとについては、したの本の「二重の宿命――アンナ・バンティ『アルテミジア』について」を読んでからイロイロ思うところがあったのです……


同じ時のなかで

同じ時のなかで


この作者、アンナ・バンティの夫が碩学ロベルト・ロンギで、彼女自身も美術史家であるというのは、なんというかこう、なんていうのでしょうねえ……。西洋美術史を学んだことのあるわたしはロンギの名前は知らないではいられないし、著作も読んだことがあるし、でも、アンナ・バンティ(たしかこれはペンネーム)の本名での単著は知らない。

優れた父の娘、のアルテミジア。
そして、偉大な夫をもつアンナ。
ソンタグの批評は、アンナ・バンティの小説の論評であるのみならず、女性が仕事をすること、一人前の仕事をすることについての葛藤や苦悩、差別、その他を丁寧に、真摯にすくいあげようとしていると思いました。

にしても。
「女流」とか呼ばれちゃうゲイジュツカってなんなんでしょうね?
絵の横に、彼女の被った事件が記されちゃうのは何なんだろうな、と。*4絵を鑑賞する手引きとして、あれがあそこに書かれるのはどんなもんなのかなと、わたし個人としては、違和感を覚えてしまいました。と、告白しておこうかな。*5


そういうモヤモヤを拭い去ってくれたのが、アンドレア・マンテーニャ《ルドヴィコ(?)・ゴンザーガの肖像》でした。閉館間際、この静謐で、人物の内面を想像する楽しみに溢れた美しい絵を、ひとりじめできた幸福な5分間があったとお伝えしておしまいにいたします。

*1:伝聞だったような気がするが、まあ、それはそれ。この本が見つからないのでごめんなさいです

*2:これは好物どころのはなしじゃなく、これ見るために生きてるようなものなんで語りだすと止まんないから割愛

*3:ただ、これはプラド美術館のほうを念頭においてる。そして、残念ながら、わたしは実物を見たことがない。

*4:たしかに「首」と「だんこん」は、表象としては並ぶものなんでしょうが……

*5:彼女の生涯については、とりあえず、こちらを。アルテミジア・ジェンティレスキ http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%AB%E3%83%86%E3%83%9F%E3%82%B8%E3%82%A2%E3%83%BB%E3%82%B8%E3%82%A7%E3%83%B3%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%AC%E3%82%B9%E3%82%AD