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がらくた銀河

磯崎愛のブログです。本館は小説サイト「唐草銀河」。

6 添え書き――ほんとはなんの説明書きもなく読んでもらいたいと思うけれど!

からだの不具合が昨日お医者さんにいったのに改善されず、今日も休んだひとはわたしです、こんばんは、そのうち検査の予定ですよ、ははははは。年取るといやねー(涙目)。

まあ、それはともかく、更新です。

同時連載中! 

今後もクランチさんには追記がある。

『読むこと、書くこと、発表すること』予告! | CRUNCH MAGAZINE クランチマガジン

今日は添え書きについて、いわゆる作品の注意書きに値するものです。

WEBの場合、レイティングやジャンル分け等でたいていは「しないとならないとされているもの」ですね。実質的に、これを入れないで大手検索サイトさん他では登録できないので。

とか言いながら、2011年のぼやきをここに!

~たまにブチ切れそうになるんですが、わたしがそこに宣伝のために小説を登録したんです、ええ、主義主張をまげたのはわたしですよ、はい、長いものにまか れたし規約よんで承服したのはわたしですからここで文句いってもしょうがないんですけどね、ええ~
  
てなわけで、自身で登録しておいてなんなんですが、
作品目次頁に、
 
「この作品には〔ボーイズラブ要素〕〔ガールズラブ要素〕が含まれています。苦手な方はご注意ください。」
 
と書かれているのをみると、思わず本気で怒鳴りそうになるんですが疲れてるんですかね、疲れてるんですよね、うがーーーーーっ!!! 
(とはいえ現実、こういう注意書きしないでいい大手小説検索サイトさんやら小説登録サイトさんってたぶん、無い。少なくともわたしは知らないのでなあ……ふにゅ~ん)
関係ないけどコミケ行きたいよーん

 で、ね、

我らがクランチマガジンさんは、これ、ないんですよ!!! なんて素晴らしいんでしょー☆

今日は、これだけ書けばいい気がするw

というか、いちお、2009年のわたしのボヤキをもいっこのせておきます。

~WEB小説の表書きについて、イチ同人小説家のひとりごと~
 
自分のブログにはけっして書けないことを(サイト直結なもので 大汗)、ここぞとばかりハイクに書いちゃうわたし。脱稿の快感でチョットとち狂ってるのかもしれない。
でも、気持ちがもりあがってるときに、みっともないかもしれないけど吐くゾ!
(小心者なので、いろいろ怖い。ほんとにコワイ)
(でも、はてなを一年以上読んできたのは、この表現規制問題について自分がよくわかんなくて考えをまとめたかったからなのに、今もってちっとも全然まったくワカンナイっ!)
(けど、でも、だからこそ、書いちゃうよ!!)
 
自分の小説の表書き(レイティング・ゾーニング)には、PG12(性・残酷・反社会的行為描写等がある旨)と「異性愛・同性愛・量性愛表現がある」ということを明記しています。
ここには読み手と書き手にとって、よいこともあるし、わたしの感覚では「好くない」ことでもある。
これは、一般に流通している図書には明確なポルノじゃないものには年齢規制がかけられていないという問題とも大きく絡むのだけど、とりあえず、自分が感じることだけ正直にはなそうと思います。
論を立ててはなすの苦手だから、トビトビで(笑)。
 
まず、NLという表記。
これは、ほんとにどうにかしてほしい。個人的には、「消えてください」と言いたいコトバ其の一。
でも、小説検索サイトさんではそれこそ普通に見かけます。
そして、BL、GLがある場合にはたいてい特記して欲しいという通達があるとも思われます。もちろん、無料で検索サイト様に掲載してもらうわけなので、文句をいう筋合いではないでしょう。嫌なら登録しなければいいというふうに考えればいいのです。
(で も、「同性愛表現が苦手な方は云々」とか書いてあると、ソレってどうなのって。表現だから問題ないの? ホントに? とかモヤモヤするのに、見てみぬフリ でスルーしてる自分が凄くイヤになるのに、スルーし続けている同調圧力に弱い小心者という自分がまたさらにイヤという無限ループ)。
 
そして、表書きについては幾つかの問題のレイヤーがあります。
思いつくままに並べると。
ひとつは、「レベル表現」。性的なもの、残酷なものなどの、程度を問うこと。
ふたつめは、「性的嗜好(志向)?」について。男女、同性、両性愛、モノガミー、ポリガミー等。

以上は、どなたにも納得というか、そういうものが必要とされる理由が飲み込みやすいと思われる。フラットな場所であるのだから棲み分けや何かが必要であろうと。いたずらに「傷つく・傷つける」必要もない。と、いう考え方。
 
それで、ここからがずっと考えていることで、
これは、もしかしたら「書き手」にしか通じないおはなしなのかもしれないと思いながら、そしてまた、何かそこに深い断絶のようなものを感じながら述べてしまう。
表書きの有無は、「創作物」を損なうものであり、それゆえに読者の快楽も奪うものであると、わたしは思う。
あえて強い、キツイ言葉を使わせてもらいたいのは、どんな作品であろうと「謎」はその作品の「魅力」で「推進力」だから、ゾーニングやレイティングで「これは性表現がアリ、これはGL」などとわかってしまえば、読者の歓びを奪うことにもなりうると告げておきたいのだ。
極言すれば、「本文」以外の情報はある意味で、邪魔ともいう。
フローベールが自分の本に挿絵をつけさせなかったというはなしを聞いたことがある。わたしは挿絵のついている本が好きなのでそうまで思わないのだけど(笑)、デモ、言ってる意味はわかるのですよ。それが、読者の想像を狭めてしまうって意味においては。
 
だからといって、わたしはすべてのWEB小説からレイティングやゾーニングを外してほしいと願っているわけではないです。
ここには、「そういうモノであるからこそ、読むのだ」という既知ゆえの読者の歓びも存在している(挿絵が可愛くて買うとかいうのもアリだしね)。それも、書き手として無視できるはずもない。また、誰かがいたずらに傷つくことを避けるという素晴らしい効能もある。
これは、エンタメと文学とジュブナイルとポルノ等それぞれ色々な諸相があるかもしれないとわかっていてとりあえず述べることで、自分自身ですら結論とかではまったくない(そもそもジャンル・カテゴリー分け能力が自分には備わっていないという問題もある)。
 
レイティング・ゾーニングの問題はほんとうに本当に難しくて、たぶん一生、結論が出ないまま考え続けると思うけど、でも、テクストにはじめから「効能」や「型」を求められるのはわたしには、ツライ。
とても、ツライ。
 
また、これはもしかすると大きな声で言ったほうがいいのかもしれないけど、創作者は万能ではない(万能のひともいるのでしょうが)。
おはなしのほうが、作者の意志よりずっとずっと強大なのだ。
それはあなたが未熟で下手くそだからじゃないかと言われたら、そこに関しては頷くほかないのだけど、でも、それだけの理由ではないと思う。
あの王様みたいなピカソより、作品のほうがずっと強い。彼を、存分に働かしめる。
ピ カソと同列に語るなよと自分でツッコミながら(笑)、でも、おはなしは勝手に動くし、キャラは作者が困るといっても好きなように行動するしし、やめろと命 令してもいうことなんか聞かずに自分勝手に生きているものなのだ。おはなしも、そこに生きてるひとたちも、生き延びようと必死なのである。そしてまた、救 いたくても、救えないこともあって、それは、本当に、作者なんだからどうにかなるなんてことじゃないと叫んでおきたい。
   
だから、結末を先に書いておけといわれても、「ゴメンナサイ、連載してるモノにはそれはどうやっても無理ですっ><」と土下座して謝る以外ほかはない。
(現実問題、アンハッピーならそう書けなどという文句がきたりするのですヨ。でも、絶対にゼッタイに無理!!)
でもって、全部かきおえてからアップしろと言われても(これはヤッタことがある)、わたしは結末をさらしたくないし、核心部分となることはなにひとつ、伝えたくないデス。自分が、知りたくないから(←ソコだよね、もう自分勝手極まれり! 笑)。
 
まあ、そんなわけで、これはまったくもってわたしのひとりごとなのですが、
創作者ってのには、こういうやつもいるよ、とだけ知っておいていただけるとありがたいという身勝手なお願いでした。
 
(たぶん、ここいらへんはエーコ先生の『開かれた作品』あたりと密接に関係してるのだと思うし、語りの問題、それこそ構造主義以降の問題意識もあるのでしょうし、もっと色々かんがえないとならないんだけど、なかなか追いつかないのだなあ。
でも、割り切るとかは、好きじゃないんだよなあ。それが「覚悟」だといわれると、違うと反駁したくなるというか。かえってそれは卑怯な気がするのだなあ)

2014年のわたしはもっとずっと無法者(笑)ですが、根っこには、こういう気持ちがあって書いています。

 

開かれた作品 新・新装版 (新新装版)

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