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がらくた銀河

磯崎愛のブログです。本館は小説サイト「唐草銀河」。

105 相方うささんに連載中の小説を、生まれて初めて「メタ」られた記念☆ブログ

夢のように、おりてくるもの 花うさぎコラボ 伴走メモ

伴走メモではおひさしぶりです!

煩悩の数で最終回とおもってたら、今日、スゴイの来たよ!!!

記事タイトルどおり、

相方うささんに、

連載途中の「マフラー」をメタ小説されてしまったのだ!!!(あえて、「しまった」表記w)

 

--------- リップスティック --------------... - 花うさぎ無計画発電所 - うさ - はてなハイク

 

「あ、ジャガイモがない。ねえ、カレーお芋なしでいい?」
「えー、いやだぁー。じゃ、買ってくる!」

コンクリの階段を下り敷地の外へ来たところで、少女の足元に柔らかな光が灯る。


by うさ

 

続きは読みにいってください、ていうか、クランチマガジンさんにも載せるかな?

(あとでリンク貼ります↓

リップスティック (短編小説) | CRUNCH MAGAZINE クランチマガジン

ワンワンの絵があるからこっちがいいかも)

 

『夢のように、おりてくるもの』 | CRUNCH MAGAZINE クランチマガジン - 書き手と読み手をつなぐSNS

(連載中です。文字の大きさ変えられます。広告が出なくてとても読みやすいです)

ePubも無料で読めます)

 

コラボ「花うさぎ」相方うささんの、「ピンクのエプロン」完結です!
https://i.crunchers.jp/data/work/3995

 

酸いも甘いも噛んでみてね☆ [連載中]

『夢のかけらを』 | CRUNCH MAGAZINE クランチマガジン - ePub&Webであなたの作品を広めよう!

ともによろしくお願いします!

 

いわゆるファンフィクションとして、四コマ漫画とかショートショートとかつくってもらったことあるのだけど、これはさすがに初めてだなああ。

もう、

もうっ、

うささんてば、

わたしの「初めて」を幾つ奪ったら気がすむの!?

(朗読ヴぁーじんもでしたw)

 

はー、これくらい言わんとやってられないぜ、まったく!w

ていうか、あれですよ、

これ、連載とまってるのよね、

わたし、これ、「つづきをおねだりされてる」のよねw

ガムバリマス!!!

てことで、いちお、伴走メモも。

 

大塚英志緊急寄稿「企業に管理される快適なポストモダンのためのエッセイ」http://sai-zen-sen.jp/editors/blog/sekaizatsuwa/otsuka-%20essay.html
http://b.hatena.ne.jp/entry/sai-zen-sen.jp/editors/blog/sekaizatsuwa/otsuka-%20essay.html

こっちにもはっておく
あと、誰かが言ってると思うけど、
けっきょく、政治とこういう文化経済的な動きは連動してて、あたりまえだけど、こうした「個の剥奪化」みたいことどもと同時に、政府の決定とかも動くよね、ていうことはすでに歴史が証明してるので、なあ。
 
『墓の彼方の回想』読了
墓の彼方の回想 (1983年)

墓の彼方の回想 (1983年)

 

 

あー、やっぱり好きだったw 

喪としての自伝 石川 美子 1.喪から自伝作品へ
http://repository.dl.itc.u-tokyo.ac.jp/dspace/bitstream/2261/7923/2/ff004008.pdf

クリプトという概念は面白い。というか、肌身でなんか、わかるな。これ。
by florentine(磯崎愛)
 
ひとりごと

そういえば、「たけくらべ」がもう全集として現代語訳になってしまう、というのは正直わたしは厭だったりする。
誰かが訳すことがイヤなのではなくて、「全集」としてそれがおさめられてしまうことについて否といいたい。
ということは、呟いておく。

敬愛する、というか実はこっそり茶髪くんみたいな雰囲気なのでお慕いしている方(鍵垢)がわたしとほぼ同様のことを呟いてらして、うんうんうん、と思ったのだけど、これもまた少数派なのだろうなあ。
by florentine(磯崎愛)  
 
橋本治『風雅の虎の巻』ちくま文庫
風雅の虎の巻 (ちくま文庫)

風雅の虎の巻 (ちくま文庫)

 

 

定家卿のところで爆笑しすぎてツライw
わかりすぎる、というか、あれだ、三島のを読んだときと同じ気持ちか。
空虚さ、というものを「持つ(!)」ことの、の、で今とまったな。うん、いいや、とめておこう。
しかしこの「関係ない!」て言葉はここにもかいてあったけど、サルトルがいうところの「疎外」だよね、ていう。
2010年くらいから、この「虚」(言語)の問題についてはけっこうながくかかずらってきたんだけど、そっか、そう繋がるのか、というふうに理解すればイイのだが(だから本質を明晰に短い言葉で掴む訓練、というのはワカル。イメージの連想としてだけでなく)。
でもわたし、「芯がある」んだよね?
まあいいや、というか、
うん、なんとなく掴めてきた気がするので。
つまり、なんで三島と辻さんがこの新古今の時代を書こうとしていたのか、ていうあたり。そして、書かないで死んじゃったから、いま、こうなんだ、ていうこととかも。

 

 えーと、ちなみに、

わが青春 (1983年)

わが青春 (1983年)

 

 も読んでる。

んー、

なんていうか、まあなんとなく、「来たるべき」という何かが到来する予感はしている。

(と、かっこつけておくよv)