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がらくた銀河

磯崎愛のブログです。本館は小説サイト「唐草銀河」。

99  自意識と作意のモンダイ

ベランダの、赤いゼラニュームが元気に咲いてます。写メはとりませんw

伴走メモさくっといきます。

(再掲)
ワン・ビン:これまで僕はすべて自分の興味のおもむくままにテーマを選んで撮ってきました。もともとドキュメ ンタリーを撮ってきましたが、それは資金が比較的少なくて済むこと、そして自由に撮ることができる。それでドキュメンタリーを選びました。とてもパーソナ ルな映画なんですけれど、その興味が広がっていくのは自分の周囲からだんだんと周囲にいる人間を観察して映画へと広がっていく。ですから周囲を観察して問 題を見つけることによって、ある種の周囲の人たちの問題を解決するような可能性を拾っていく、そこに社会性が生まれるのではないかと思っています。しかし 自分としては、純粋に政治的なものとか、何かについて抗議をしたいとか反抗したいとかそうした意図はまったくありません。私としては、内なる心の世界をき ちんと撮っていく、そして人と人との関係性がどうなるべきかということ、いまどういう状態にあって、どうなっていくかということに興味があって映画制作を しています。」
http://www.webdice.jp/dice/detail/3350/
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なんとなく、こういう感覚はワカル
とおもいながらじぶんも書いている
by florentine(磯崎愛) 2012/12/10 21:43:59
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再掲以上

「撮 影手法を問われると、あくまでシンプルに目の前にあるものを撮っていくと答え「何気なく撮ったシーンが、スクリーンで見たときに思いもよらない効果が出る ことがあります。また、往々にして撮る前に計画しすぎたり、考えすぎるとそのような効果が出ない」とその理由を説明する。」
http://eiga.com/news/20140217/9/
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おりてくる系でかくと、これをほんとうにすらっと出来るんだよね。
いま苦しんでるのがここで、おりてくる系はある意味で別の時間を生きないといけなくて、それはそれでたいそうきもちのいいことでイイんだけど、締切があると無理やり中途半端におろすような感じでぼやけるし、量がこまぎれになってよろしくない。
といって詳細なプロットを書くと、こんどは自意識というか「作意」が醜く感じられてしょうがない。もちろん作意があること自体が悪いのではなく、それを消しさってエレガントに見せられない、という体たらくが醜悪なのであって、これのできる巧い作家はいいのです。
三人称はむつかしいね。この「作意」とのたたかいに疲れきる。
一人称も作意とはたたかわないといけないんだが、階層がふたつ違うのと(キャラ自身と、それを俯瞰する語り手としての当人物と、さらにそれらを統合し感知している書き手であるわたし)、回想という便利なものがあるのとで「醜悪」と感じないでできるので重宝なのだ。
(三人称の回想はテクニカルな面白さがないただのそれだともう、古臭いというか、ヘタッピなだけだな、ていう気がして嫌なのだ。今回のジオニタスさんのも苦労した。というかただの下手くそな回想になってるような気がしてイライラする)
両方やってくと、たぶんどっちも上手にやれるようになるはずだとおもってるのだが、なかなか、ね。

by florentine(磯崎愛)

 ひとことでいうと「距離」のモンダイでもある。

とはいえ、それだけでもない。

おはなしを乗りこなす、という感覚もある。

流れや速度等と息を合わせないとならない。

からだ全部で書いている、という感じになりたい。まだ、どこもかしこもぜんぶになりきれてない、とじぶんでもおもう。ただ、かなり動かせるようになってきている、というのはワカル。

 

『夢のように、おりてくるもの』 | CRUNCH MAGAZINE クランチマガジン - 書き手と読み手をつなぐSNS

(連載中です。文字の大きさ変えられます。コメントとかはこちらのほうがつけやすいかもです)

 

コラボ「花うさぎ」相方うささんの、「ピンクのエプロン」
https://i.crunchers.jp/data/work/3995

ともによろしくです!