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がらくた銀河

磯崎愛のブログです。本館は小説サイト「唐草銀河」。

70 「花の夢を」

春分の日です。

西洋占星術的には一年の始まりの日、だったはず。

昨日うささんから、これ、もらいましたv

「花の夢を」

黒髪君は魘使いなので花が降るような麗しく馨しい香音を鳴らすのより、もっと怖くて凄まじい夢のほうが得意なのですが、このひとがじぶんの恋人におろしたかったのは、おろしたいと願って精進しているのは「晏(晴れた空)」なのだよなあ、ていうのをしみじみと。

夢のように、おりてくるもの

http://novel18.syosetu.com/n1558bq/ (縦書きPDFにしたり文字の大きさを変えて読むことができます

てことで伴走メモです。

【報告】クリストフ・ダヴィッド講演会「ギュンター・アンダース――世界の終わりと人間の終わり」
さらに、田口氏は、大 江健三郎の『核時代の想像力』とアンダースの議論の類似性を指摘しつつ、大江が注目した核兵器が「敵」にもたらす威力は大きく見積もり「自国」のなかでは 核兵器の被害を小さく宣伝しようとする欺瞞に触れ、こうした「国民国家」の枠組みを問いただすべきではないかと指摘された。

現代的「崇 高」というべきアポカリプスに対する「想像力」と「美学=感性論〔アイステーシス〕」との関係については、アンダースが、ツェランなどの、ある種のカタス トロフの「美学化」ないし「荘厳化」には異を唱えつづけたこと、とはいえブルックナー交響曲には人間の想像力を拡げる可能性を見いだしていたことなどが 紹介された。

アンダースの言う「想像力の欠如」は、為政者や原子力産業を動かす者たちだけに向けられているのではなく、まったくの善意でもってこの社会を支えながら生きる「われわれ」自身に向けられたものでもあるだけになおさらである。
http://utcp.c.u-tokyo.ac.jp/blog/2013/11/post-657/
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想像力の欠如
大変なことだよ、ほんとに
ていうかこれ、ほんとにいつまで続くのだってのはあるんだけどw

おかげさまで
『夢のように、おりてくるもの』は平日も約4~500ビューあって休日はその倍くらいに頁めくられています
ちったーで宣伝してたらごくたまーに読んでくださるかたがひとりふたりと増えまして
ドカンと万人に受けることはありませんがw
お気に召してもらって、しかもおすすめもしてもらってるようなかんじです☆
(そしてラスボスと店長のカップルがお好きな方がいらしたのでうささんのコミックもご案内しておいたよんv)

by florentine(磯崎愛)

 「想像力」の話をするのはなかなかにツライ。

それは別の言葉でいうと賢さであり、しっかりした判断力であり、思いやりという名の優しさであるからだ。

さりながら、ひとがどうしておはなしをよむのか、ましてや文字で書かれたものを読むのか、となるとやはりそこには「想像力」というのが大いに関わってくるもので、わたしはいつも、そうであるからこそ文字で書かれたおはなしが好きなんだろうな、と思っている。