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がらくた銀河

磯崎愛のブログです。本館は小説サイト「唐草銀河」。

42 理と情、くりかえし

 わたしは《線》が好きです。
それから、うるさいくらいくりかえしてるので、ほんともう煩いと言われそうだけど、わたし、ドアとか入江とか踊り場とか《境界》的なものや場所がとても、とても好きです。わたしが《線》というものを愛してるのはきっと、それがソウイウモノだから、です。

夢のように、おりてくるもの

http://novel18.syosetu.com/n1558bq/ (縦書きPDFにしたり文字の大きさを変えて読むことができます)

 てことで、伴走メモです。
花と海、か

そういえば、今回の舞台のひとつ、丸い湾のある場所は福井県の小浜で、このはなしの舞台は「どことも わからぬ土地」でありたいとおもいながら描いてきたんだけど、まあそれは茶髪くんの「北の外れの街」ていうのをかいた当初からどこまで可能なのかっていう のは当然あって、それでもなんとなしに彼らのいたコンビニのある街は「東京」に限定したくないみたいな気持ちがあったんだけど、すみません、どうしても東 京っすよねw

依頼人、かっこつきのほうではなく、黒髪君の大事な依頼人は福井のひとなんだろうなておもってて、けっきょくほんとに福井の ひとになったのだけど(出雲案もないではなかった)、ほんとはお水送りとか、はたまた八百比丘尼やら杉田玄白やらのはなしを絡めたかったのだがそこまで書 くと土地を限定しすぎるのでやめてw

しゅのーせんせーが、まさか、お亡くなりになるとはおもってなかった
福井県人てことを常にかいてらした

そういうのもふくめて、わたし、なんだかあの土地が彼岸と此岸の分かたれる処的な、
ていうか、あれだよね入り江とか岸辺にどうしてもそういうイメージをもたせるのよね
(ちなみに南紀あたりはこのはなしの過去、つまり茶髪くんの初恋のひとの御家のはなしが書けたら裏天皇みたいなアレで、ナカガミか!? てなのも含めて補陀落渡海とかナントカ王子とかイロイロやりたいほうだいしたいとおもってるのですが、いつになるんだろ 遠い目)

で、何を話そうとしてたかというと、
今からもう五年くらい前か、小浜からわたし、神戸にいったんだよね
いろいろな事情があって

わ たし、生まれた病院は水戸(ここも水の入り口)だけど、生まれる前と生まれて一年は神戸の垂水区というところにいて、「石ばしる 垂水の上の さわらびの 萌えいずる春に なりにけるかも」の垂水、小学生でいちど行ったきりで、ん十年ぶりで神戸いったけど、たぶんあそこは垂水区じゃなかったな、山の中腹だったから

日本て島国だよね
ていうこととかを、たまに、すごく感じることがある

花づな列島、
海にうかぶ花づな
季節の巡り
はしごと車輪

完結プレゼントのカフェオレボウルは、そういうイメージをくみとっていただいています

by florentine(磯崎愛)

福井という土地は、OL時代にご縁があった。何回も出張した。福井のお取引先様は問屋さんから小売り店さんはもちろん、お客様も大好きだった。相性というのもあるのだろうけど、とてもきもちがいいひとたちばかりだった。

小浜についてはまた、書けそうなときに、何か、書くかもしれない。わたしが葬送にたちあえなかったひとたちの住んでいた場所なのだ、ということだけ記しておく。だから、あの依頼人と黒髪君の繋がりは、わたしにとってはお別れの意味でもあったのだと、書かなくてもいいひとこともつけ添えて。

そういえば、

しゅのーせんせー(こう書くのを許してほしい、ずっとわたしは、こんなふうにだらしなくひらがなでお呼びしてきたのだ、なんというか、大好き すぎて尊敬しすぎてて畏れ多い感じがして、こうとしか書けなかった)がお亡くなりになったのは2月11日だったなと。さっき、思い出していた。

サイトに足繁く訪問してた。readingで、デイヴィッドスンやジーン・ウルフトマス・ディッシュ等について深く知った気がする。

ハサミ男 (講談社文庫)

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美濃牛 (講談社文庫)

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黒い仏 (講談社文庫)

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鏡の中は日曜日 (講談社文庫)

鏡の中は日曜日 (講談社文庫)

 

 

キマイラの新しい城 (講談社文庫)

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樒/榁 (講談社ノベルス)

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子どもの王様 (ミステリーランド)

子どもの王様 (ミステリーランド)

 

 

 好きすぎて、さびしくて、

なにか一言でも口にしたら、言葉じゃないものが零れてきちゃいそうな気持ちがする。

 

「人間にとって大事なことは、ふたつだけなんですよ。〈考えること〉と〈愛すること〉です。このふたつだけです」(石動戯作

 

『美濃牛』に出てくるこの言葉をぐぐって、素敵なダイアリーを見つけた。

ちったーでフォローしてる方のだった。

 

殊能将之を再読する/『美濃牛』(3) - 真・立ち読み師たちの街

 

わたしなんかがとやかく言うより、読みにいってくださいませ! てほうが、絶対にイイので、おすすめ!!!

でもって、

わたしがえんえん理と情についてヤッテルのはもう、この花うさぎコラボの始めのころ公開したグリーンルームのときからうささんにはオミトオシなんですけど!(だからわたし、キニャールが大好きすぎるんですけど!!!)*1

 

usaurara
  愛さんがリクツをとことんぐるぐるやっていらっしゃるんだろうなというのは以前から感じてます。
  人と話してらっしゃる様子で。
  とても遠慮深い思慮深い人だなあ、と。
  それがたとえもしも小心さから来るものであったとしても。

by うさ

 あの、ここで重要(!?)なお知らせがっ、

いま、わたし、「とても遠慮深い思慮深い人」とは思われてないそうですよっ!><

(と、いうあたりがオチですよねwww 落とさないと気がすまないのよw)

*1:「ラトロは理(ラティオ)と情(アフェクトゥス)はたがいに切り離すことができないと言い――正確を期すると《in ratione habere aliquem locum affectus》〔理にはその一部に情念が含まれている〕――また、理が先走ってしまったため、情はそれにぶらさがっているとも言い、最終的には「理に かなった思考はおそらく、より情の深いものから作られたものだ」とも言った。」
パスカルキニャール『アプロネニア・アウィティアの柘植の板』「理性」より抜粋