かなでる――夢日記3
催物会場はだいぶ奥にあった。お琴がいくつも立てかけられていた。ああ、わたしはきっとこれを見にいくつもりだったのだ。目当てを見つけた安堵をさきほど横を駆け上がっていった男性が耳にした。職人だった。顔をあげて確かめるほど不躾ではなかった。だからわたしはその手先を見た。削った面を撫でる手はいかにも慎重に見えるかと期待したが意外なことにぞんざいだった。しょせん見世物だ。人通りのある催物会場でなにも根を詰める必要はないと割り切っているようでもあった。わたしは逆に興をひかれ、腰を屈めた。すると、
「弾いていかれますか」
こちらを見ずに問う。いくらか白髪の目立つ頭はそよともしなかった。買わない客だと見切られている。そのとおり。だが暇でしかたない催事場で誰も寄りつかないよりはましと達観しているのだとも察せられた。
「残念ながら、もうとうに弾き方を忘れてしまいました」
「爪はありますよ」
流派をたずねられる。わたしは苦笑をうかべて首をふる。それでいて爪の形を眼にうつす。どうぞ、と目当ての四角を渡される。指がほそくてらっしゃるからこれでと。象牙のひんやりと硬い感触を掌にうけとった。
指に爪をはめる。こんなかんじだった。そう、こんなのだった。
横顔がそっとうかがっている。大事な商品を触らせてもいいものか案じる顔つきでなく、こどもの遊ぶのを見守るそれで。
お琴の前に座る。深呼吸する。
もう、こちらを見ていない。無関心をよそおってくれている。
一の糸をそっと、それから無遠慮に、するすると撫でる。指のはらでその張りを楽しむ。琴柱に触れてみる。居住まいを正す。
爪弾く。
目覚ましが鳴る。琴の音でなく。
わたしの特技は続きものの夢がちゃんと見られるというそれで、こんかいも、多少の演出や脚色はあるものの、わりとほんとにこんな夢を見るのでしたまる。