古いビルの階段をひとりでのぼっていた。窓はなく、薄暗い。電灯が半分しかついていないところをみると、おそらくは震災以降のことなのだろう。行きあうひともなく、不安におもう。わたしは最上階に用があるはずなのだ。けれどそれが何であったのか思い出せないでいる。五階はとうにすぎていた。踊り場の壁にあったはずの数字が見当たらない。それぞれの階に固く閉じた扉はあるが、どうもそこを不用意にあけてはいけない気がした。わたしは扉をあける手を引っ込めて階段をのぼる。ふと、背中から忙しない足音が聞こえた。確かめようとするより前に追い抜かれる。わたしはその横顔を見るのを躊躇った。すでに背中が眼前にある。じぶんよりいくらか年上に見える男性はわたしの横を擦り抜けるときだけ早足であったらしい。そして差がついた時点でほぼ同じ速度でのぼりはじめた。わたしが女だから気を遣ったのだなと察した。
前をいくひとは頭を動かさず同じ歩調で階段をのぼりつづけている。
いつか、最上階につくだろう。
そうおもったところで目が覚めた。