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がらくた銀河

磯崎愛のブログです。本館は小説サイト「唐草銀河」。

『遍愛日記』更新してます! そろそろ「間奏――あるいは削除され得るであろう休止状態」から次の章へ

というタイトルでもう言い尽くした感がありますがw

小説更新のお知らせです。


遍愛日記

※深町姫香は、勤め先の社長で婚約者の彼にふられたばかり。
恋愛も結婚もこりごりと「画家になる!」決意を固めたはずが、
後輩の浅倉に迫られて無理やりキスされるは、
知り合ってひと月の美青年ミズキに深夜自宅に押しかけられるは、さあ大変!
「婚約、破棄された……」から始まる、三人の男女の恋愛狂想曲。

異性愛・同性愛・両性愛などがあります。また性行為やデートDV等の描写がありますので閲覧にご注意ください。
※前作『夢詩壷』の続編にあたりますが、読まなくてもわかるように書いてあります。(勝手ながら『夢詩壷』はいったんWEB上からさげました。今までどうもありがとうございます。)
 

 

あ、そうだ。

こんかいの更新で、

死者の百科事典 (海外文学セレクション)

死者の百科事典 (海外文学セレクション)

 

  「歴史は勝者が書く。伝承は民衆が紡ぎ出す。文学者たちは空想する。確かなものは、死だけである」------ダニロ・キシュ『死者の百科事典』より

 

ていうのを最後にぶちこんでおいたのですが、

なんていうか、

歴史叙述なんてものを考えると頭おかしくなるなあといつもおもいます。

 

ちなみにいま、こっちも並行して読んでて、

アビ・ヴァールブルク 記憶の迷宮

アビ・ヴァールブルク 記憶の迷宮

 

 ようやく読み始めたんだけど、

あーこれ、どうしようかなああていう気持ちというか、

いや、説明しづらいのだけど、

とてもツライです。正直に書いておく、つらい。いや、難しいとかそういう当たり前のはなしじゃなくて。

 

ずっといってるんだけど、

たとえば谷崎みたいな小説家の頭脳になにかこう繋いでですね、その「イメージ」と「言語」がどういうふうに時間と場所と語りの接点をもちながら展開なり推移なり構築なりされていくのか、ていうのを誰かマジで研究して。

わたしにとって、小説を書く、というのはそういう行為なのだ。