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がらくた銀河

磯崎愛のブログです。本館は小説サイト「唐草銀河」。

『夢のように、おりてくるもの』小咄「クッキー」

愛の告白がわりのちょこれーとにかえて。
 
 
小咄「クッキー」

 

 冬は何かと贈り物をするイベントが多い。あなたと付き合って、おれはそれを思い知った気がする。おれがあなたへ贈ったそれでも、あなたからもらうそれでもなく、あたなが、依頼人から贈られるものをみて。
 あなたと暮しはじめて半年ほどたった冬は、そういう意味ではおれにとって居心地の悪い時季だった。きっと、あなたにとってもそうだったに違いない。いや、あなたはそんなふうには思い出さないかもしれないが。
 あのころに、言葉にならないお互いのルールをそれと定めたのだ。つたない嫉妬やちいさな誤解のくりかえしのなかで。

 大学から帰宅してすぐ、あなたが紅茶を用意してくれた。おれのためにはコーヒーを淹れるひとが、紅茶でいいかと聞いてから丁寧に注いでくれだ。それからあなたは自分のバッグから綺麗な包みを取りだした。
「一緒にどうぞ、て言われたから」
 あなたの依頼人である女性の手作り菓子だというのは中を見ないでも理解できた。おれはマグカップに口をつけて、
「毒が入ってるかもしれないね」
と冗談めかしていった。
 おれはまさか、そんなひとことであなたがラッピングを外す手を止めるとは思いもしなかった。謝るより先に、あなたはおれを見た。その面に、なんて言葉を 返したらいいかわからないとかいてあった。ただたんに、依頼人の好意を無碍にするなと叱ってくれたらよかったのだ。そうすれば、それを言い訳に、おれは今 後そんなものを口に入れないですむ。おれはそれを期待したはずだ。
 おれはあなたと一緒で甘いものが嫌いではない。でも、あなたを想って拵えられた菓子を横取りするような真似をしたくはなかった。いや、それは格好をつけすぎている。おれはその依頼人に嫉妬していた。さらにはそれをおれと分け合おうとするあなたの無神経さに苛立っていた。
 あなたはおれの表情からそれらを察したのかもしれない。
 視線をもどしゆっくりと、赤いリボンを長い指でほどいていった。おれはテーブルについたままマグカップを手放さず、あなたのすることを黙って見つめた。
 ハートの形のクッキーだった。
 あなたの指がそれをつまんだ瞬間、おれは堪えきれずに謝った。
「失礼なこと言ってすみませんでした」
 あなたは首をふった。おれがさらに言葉を重ねようとすると、ぎこちなく微笑んで言った。
「『毒見』は俺がするよ」
 それからクッキーをひとかけ、飲みこんで続けた。
「味見してくれって頼まれたんだよ。来週、これを渡しながら告白するからって」
 おれはそれを疑ったわけではない。あなたは嘘をつかない。でも、その言葉をそのままに受けとれるなら、はじめからあんな無礼な言葉を口にはしなかった。
 おれは、ふられたときだけあなたに連絡をしてくる女のひとが何人もいるのを知っている。あなたが話すわけではない。ただ、おれたちは狭い家に暮らしてい る。あなたの依頼人との会話が聞こえないではない。それだけでなく、おれはそういうことの勘が悪くない。あなたもよく知っているように。
 だから――……
 たぶん、今回はきっと、あなたの言う通りなのだろう、というのもわかった。納得しないではなかった。
 おれは、あなたが最後の一枚を手にする前にそれを掠めとって口に放り込んだ。そして、少しばかり冷めてしまった紅茶で流しこんだ。
「ごちそうさまです。美味しかった。告白うまくいくようお祈りしてると伝えて」
 おれはカップを置いて立った。そのまま風呂を洗いにいった。あなたがお茶をいれてくれたのだから、いつもならおれがカップを洗う番だった。
 おれが戻ってきたときにもあなたは座っていた。テーブルの上には先ほどのきらきらしいプレゼントは跡形もなく消えていた。二杯目の紅茶をおれはゆっくり と口に運んだ。香りが飛んでしまっていると感じたのは気持ちのせいだと知っていた。あなたの顔を見た。わかりやすく読み取れる感情はとくに浮かんでいな かった。そういうおれの視線に気づき、あなたが何か言いよどんだ。あなたの言い分をきちんと聞くつもりで目を合わせた。するとあなたは、こちらの予想もし ない一言を漏らした。
「依頼人には言えないが、俺の作ったクッキーのほうがうまい」
「え」
「いま、信じられないって顔したな」
 あなたの眉間にしわが寄っていた。おれがもういちど首をふると同時にあなたは立ちあがって猛然とキッチンへ向かった。

 あれ以来、依頼人の手作りの品が家に持ち込まれたことは一度もない。それだけでなく、冬になるとあなたは思い出したようにクッキーを焼く。おれは、クッキーのときにはあなたに合わせて紅茶を飲むようになった。

                         了

真剣な愛の告白を面と向かってするくらいならキッチンに立ったほうがよほど気が楽な黒髪君ですw
黒髪君のママンが手作りお菓子派だったので作れます。
このひとたちの家に綺麗なティーカップなどというものが揃うのはも少し後、だなあ。そして、使い古しのマグカップでなんでも飲んでるんだよねwww

 

と、昨夜はいくにあげてきて早速うささんからお言葉を頂戴したので、わたしはたいそう満足ですv(でもって、あえてわたし、ここに貼らないのよ、うふふ☆)

あのね、わたしが小説(これは小咄だけどw)かくのはね、「あなたのおはなし聞かせて」のかわり、だからね。

わたしが小説を書くのは、もっと別の言葉でいうと、誰かの「傷」に触れたい、その傷のなかで生きたい、ていうのと似ているようにもおもう。それは記憶されることだ、忘れられないということ、そこにいつまでも引っ掛かりがあるということ、共にあるということ、きっと、そのひとの生そのものに寄り添うこと、だ。

わたしは、「美には傷以外の起源はない」と書いたジュネの気持ちがワカル気がする。かっこつけすぎてる? でも、真面目にそういう感じなのだ。

わたしは業が深いんだとおもう。というか、よくそう言われる。

そう言われるので、そうなんだろうな、と素直に肯く。

わたしに、そう言ったことのあるひとはでも、もうわたしを「傷」として「苦しみ」や「痛み」として認識しないだろうとおもうとさびしい気持ちになることもある。

そのていどには、業が深いw